明照学園理事長及び樹徳高等学校校長の野口秀樹校長先生のコラムになります。
学校の様子や校長先生が日々感じていること、考えていることを書き綴っています。
平成20年10月22日から、毎日更新中です。
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平成21年1月16日からの訪問人数
令和8年8月
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
昨日の健大と有明の準々決勝の試合素晴らしかった。
災害があった熊本県の代表チーム、対戦相手としてはやりにくかったことだと思います。
仲間の私学の健大ですがよくやりました。
最後はヒットを打たれた訳ではないですから、誰の責任でもない。
有明の選手たちは胸を張って熊本に帰って欲しい。
私の周りの若者たちが、ジンギスカンはうまい、うまいと言うので、
私もついつい食べてみたいと言ってしまったのです。
皆が気を使って機会を設営してくれたので、私も食べて参りました。
肉は固めですが、さっぱりしていたので食べやすかった。
いろいろな部位をいただきました。
食べなから思い出したのですが北海道へ檀家の人たちを引率したときに定番なので食べたのであります。
帽子型の鉄板、機能的にできているのです。
家に帰ってつい気がついた、体中がくさいのであります。
頭からつま先までくさい。
これは獣臭だと後で教えてもらいました。
風呂に飛び込んで、着ていたものをすべて洗濯機へ。
しばらくはジンギスカンは食べないことにいたします。
アンダー20世界陸上競技選手権大会競歩5000メートルで4位になった六本木君が挨拶に来てくれました。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
卓球男子団体はインターハイで、ベスト8をかけて地元大阪桐蔭と戦いましたが惜敗いたしました。
会場の大阪桐蔭の応援が阪神タイガースの応援のように盛大で、樹徳対会場全体、
厳しい戦いのようでありました。
全国ベスト16よく頑張りました。
卒業生の活躍のニュース入って参りました。
アメリカのオレゴン州で開催されている2026アンダー20世界陸上競技選手権大会で去年卒業した
六本木直斗君が男子5000メートル競歩で4位に入りました。
おめでとう!
この種目のことはよくわかりませんが、3位でフィニッシュしましたがレース後のペナルティーで30秒加算されてしまった。
残念でありますがやむを得ません。
そのときの写真です
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
生徒の夏期休業続いておりますが職員のお盆休み、終わりました。
今日から勤務が始まります。
この間、天候が落ち着かない状況にありましたが、いつものこの時期に比べて暑くなかった。
これは助かりました。
私は寺に住んでおりますのでお盆は人の出入りが多く、毎日賑やかでありました。
休み中にフランスの15歳未満SNS禁止に違憲判断のニュースが大きく取り上げられていました。
理由は「表現・通信の自由侵害」だということです。
この問題は難しいのですが、日本はこのことについてアクションを起こしていない。
これでいいのかなと不安になります。
10歳から29歳の若者を対象にゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム行動症(ゲーム依存症)」と疑われる人の調査結果があります。
それによるとゲーム行動症の人が昨年より10%増えました。
7年前に比べると2倍になったそうです。 (国立病院機構久里浜医療センターの調査による)
この原因の一つとして、幼年期にからインターネットやゲームに触れる環境が一般化し依存傾向の高まりにつながっている可能性が十分にあるとセンターは見解を出しております。
便利なものを人体に影響なく活用していく知恵やルールは必要であります。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
「 八月や六日九日十五日 」(はちがつや むいか ここのか じゅうごにち)
という句があります。
何を言おうとしているか想像がつきますか。
昭和20年の出来事です。
広島と長崎に原爆が落ちました。
世界で唯一日本だけ。
そして戦争に負けました。
今日15日は終戦記念日です
この句は詠み人知らずだそうですが、とても有名な句
8月は日本人にとって重要な月なのです。
終戦記念日の正午、サイレンが地域に鳴り響きました。
私の父は海軍将校の生き残り、この時間になりますと、何がありましても中断させられ、黙祷を致しました。
終わると、「戦争で亡くなった人達の犠牲の上で、私達は今を生かされているのだよ」と
私に必ず話すのでありました。
これが私の子供の頃の終戦記念日でした。
今はこんな親御さんはいないのでありましょう。
カナダへ出かけた海外科学研修、無事に帰って参りました。
お疲れ様!
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
台風の影響は今日もありそうで、雨が気まぐれで安心していると急に降り出すのであります。
今日は迎え盆、お盆が始まりました。
浄運寺の本堂で1時間ほどお経を上げ、ただいまパソコンの前に座りました。
境内はご先祖のお迎えでお檀家さんでいっぱいであります。
お盆なので仏教の話を一つ
「百万典経 日下の灯」(ひゃくまんてんきょう にっかのとう)と読みます。
明治時代の有名な今北洪川と言う和尚さんの言葉です。
「日下の灯」というのは太陽の下のロウソクの火という意味。真っ暗や野トンネルの中に閉じ込められたとき、ローソクの火は救いであります。
これに対して燦々と輝く太陽の下でのローソク火はどの位の明るさを提供してくれるのでしょう。
闇夜のロウソクのような働きはしない。
「百万典経」とは数多い教えが書かれたお経のことです。
この言葉の意味はたくさんの勉強をしたり、百万のお経をいくら勉強しても、実践をしないと太陽の下のロウソクのように何も役に立たないということを表しています。
陽明学の知行合一ではありませんが、行動を起こす、実践することの重要さを先人達は言い続けている。
学んだことを形にしましょう。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
台風15号が関東地方を直撃するようで風と雨の心配が出てきました。今のところ静かですが、夕方から荒れそうであります。
お盆休みで皆が楽しみにしている時期、穏やかに経過することを願います。
今日は山の日でお休みですが、校内は部活動で賑やかです。
「山の日」の趣旨は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」のだそうです。
山ガールや中高年の登山、登山ブームは未だに続いております。
「登山届」と言うのがあるのはご存知でしょうか。
群馬県は遭難者の多い谷川岳をかかえているので1960年代からこれを実施しているそうですが、最近は遭難者が多いので他県でも始めたようです。
登山などしない私も実は一度だけ、登山届を出したことがあります。
20年も前のことになりますが樹徳中学校の高原学校で尾瀬に参りました。
その頃の私は高原学校の新コースを開発するために懸命になっていたのです。
とにかく新コースを発見して生徒達を喜ばせたい。
生徒達が尾瀬ヶ原の木道を歩き始めた時、私は1人で至仏山コースを探すために歩き始めたのです。
その登山口に入山の届用紙が置かれており、
「なんでこんな届書くのかな」このくらいの軽い気持ちで記入し登り始めました。
登って行けども登って行けども頂上には着かないのです。
そして上り坂がドンドンきつくなる。
そのうちに森林限界がきてはげ山になってくるのです。
下調べをしておりませんので、この先の事が不安になってくる。
このまま進んで行っていいのか、戻った方が良いのか、もしかしたら迷子になったのか、などなど。
この山は標高2,228.1mもありとても高い山でした。
天候でも荒れ出したら大変なことになっていたかもしれません。
遭難者の中には私のような感覚でご迷惑をおかけする人もいるのだと思います。
最近そのことをずーっと反省しております。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
今日は8月1日の振替休日、係の事務職員が出勤しております。
お祭りが終わりました。
8月7日が立秋でした。
暦の上では秋が始まりました。
今の外気温は30℃を超えておりますが、確かに早朝の外気温は22℃、秋の気配でありました。
心理学の分野で使われる「ビュリダンのロバ」をご存じですか。
餓死寸前のロバがいました。
幸運にも、彼は干し草の山を見つけました。
しかし、不幸なことに、彼は同時に二つの干し草の山を見つけたのです。
2つは全く同じ大きさで同じうまさに見え、しかもここから同じ距離にありました。
ロバはどちらに行けばよいか迷ったのです。
左に行きかけたが、そうすると右の方がうまそうに見える。
今度は右に1~2歩いくと、とたんに左の方がうまそうに見える。
それで右往左往しているうちに、ロバは2つの干し草の真ん中で死んでしまったという話。
愚かなロバでしょう。
でもこのロバのことを笑っていられないような気が致します。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
今日は登校日となります。
講堂にて全校朝礼を行いますが、中学生も参加することになっております。
昨日も申し上げましたが今日の午後3時より桐生祭りが始まります。
高校横の本町通りは通行止め、祭りの行事と八木節の櫓、そして軒並み露天商。
私の知り合いはこの日のためにポップコンの機械を購入し、
私のお寺の敷地を使用して販売する計画、大丈夫なのか心配です。
町の人たちは祭りになると血が騒ぎ、じっとしていられないそんな感じであります。
夜中だって寝てられないのではないでしょうか。
その昔「24時間戦えますか」そんな言葉が流行しました。
今から40年前くらいに「24時間戦えますか」というCMがガンガン流れていたのです。
人々は当時のことをバブル時代と言っておりました。
金利は高い、土地も高い、株も高い、銀行もお金をドンドン貸してくれる。
私も含めて人々は浮き足立っていたのです。
このCMは栄養ドリンク、リゲインであります。
精力的に意欲的に働くのがサラリーマンがカッコ良かった。
「24時間戦えますか」はきっと時代を代表する皆の感覚だったのだと思います。
懐かしいな、私も30代でした。
今は「働き方改革が大きな声で叫ばれている」、真反対の社会になっているのです。
「24時間戦えますか」などと問えば大問題になってしまう。
時は勢いよく流れていきます。
本町6丁目浄運寺観音堂前に子供たちが七夕を飾りました。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
今日は何の日だったかな?
朝からなんとなく気がかりでありました。
でも思い出せないのです。
出勤のカーラジオから広島に原爆が落ちた日であることが聞こえてきました。
大事な日を忘れるところでありました。
何度かこのコラムで紹介した広島被爆者詩人 栗原貞子さんの「生ましめんかな」です。
『生ましめんかな』‐原子爆弾秘話‐
こわれたビルディングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
※詩の中の地下室は千田町の旧広島郵便局の地下室
この時のモデル、誕生した人は小嶋和子さん、お元気で現在81才だそうです。
81年が経過すると、戦争も原爆もみんな現実問題ではなくなってしまうのです。
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
海外科学研修、無事に出かけましたが、その裏では心配事がありました。
実は本校生が使用するウエストジェット航空の乗務員が前日からストライキに入りってしまったのです。
突然の連絡で焦りましたが、1日でストライキ解除助かりました。
でも当日の出発までどうなるか解らなかった
参加者が混乱が起こらぬように静かに対応しておりました。
昨日から群馬県私立学校中堅教諭研修会が前橋で行われております。
私は主催者側ですので毎日参加しなければなりません。
本校からも高校、中学それぞれ先生が参加しております。
昨日の開校式で私があいさつをしていると、一番前でニコニコしながら私の話を聞いているどこかの学校の男性教諭がおりました。
私も彼はどこかで見たことがある、もしかしたら知っているかもなどと思いながら話を終えました。
開校式が終了するとその男性が私のところにあいさつに来ました。
卒業生でした。
昔私が樹徳中学の校長をしておりましたが、そこで私が教えていた生徒でした。
懐かしく昔のことを思い出しながらしばしの時間を過ごしました。
するともう一人男性が私の前に現れました。
彼も同様中学で私が教えていた生徒でありました。
二人とも県内の私学に勤め、成果を出しているようであります。
これはとてもうれしいことであります。
彼らの人生がさらに輝くように祈るばかりであります。