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樹徳中学校では、毎月生徒を対象に進路指導部通信「Advance」を発行しております。
その内容を載せていきます。

過去の進路指導部通信: 平成22年度

平成23年4月号
  • ボランティア活動を通して

     被災地(宮城県岩沼市)に、泥かきのボランティア活動で行ってきました。
    やはり、映像で見るより、実際の生の現場を見るのではかなり違っていました。
    家屋の倒壊、ガードレールや電柱の損傷、田畑は一面泥をかぶってしまって、ここが田んぼであったことなど一目ではわからないくらいの状況になっていました。
    津波が襲ってきた地域とそうでない地域との差もはげしく、その境がくっきりと明暗を分けてしまっているような状態で、まさに雲泥の差が目の前に繰り広げられていました。

     今回、6年生の有志7人が、「未曾有の大災害、一度は自分の目で確かめてみたい。行って何かのお役に立ちたい」という一心で、思い立ったら即行動ということで、桐生社会福祉協議会に電話をし、泥かきのボランティア活動に参加することになりました。
    決めるという判断から参加まで、4日間。
    即断即決の行動が大きな経験を生むことになりました。
    生徒の自主的な判断と奉仕の心、積極的に行動に移すという機動力は、樹徳生活のなかで培った5年間の成果であったと思います。

     1年生のみなさんは、今回の震災にあたって、どのような感じを抱いたでしょうか。
    怖い、可哀想、これからどうなるのだろうか、などそれぞれに感じるところがあったと思います。
    今回、6年生が、ボランティア活動に参加して、自分のためももちろんのこと、人のために何かを行う、という気持ちで、被災地に行ってきました。
    1年生を含めて、中学生のみなさん。
    樹徳一貫校で、5年も学んでいくと、このように自分から進んで、奉仕活動を行うようになり、大きな活動ができるようになります。

     普段の樹徳生活のなかで行っている、「自問清掃」「お役に立つ運動」「市街地清掃」などの成果が、彼らの泥かきのボランティアを通じて、大きく発揮されたように思われます。
    毎日行っている、信条のなかに「ほどこして報いを求めず。奉仕こそ人生の喜びであるこることを充分に体験し。怠りは死なるを知り、常に努むベし」とあるように、彼らはまさにこの文言を実行に移していったわけです。

     もちろん、彼らのなかには、人のために役に立ちたいという気持ちがあり、それも自分なりに行動に移すことで、このボランティアの活動になったわけですが、思うことは誰にもできることです。
    それを実行するには、大きな心の動きがなければできません。
    そして、それを行動に移すことができる大きな要因は、普段から実際にそういったことを心掛け、実践していなければ、できないことです。
    5年間、彼らは、毎日の信条の唱和や清掃活動を通して、このような大きな奉仕の精神を築き上げていったのだと思います。

     みなさんも、普段からの心掛けと、毎日実践していることを常に認識し、自分の心のなかに意識付けしていくことで、何かあったときに、それが自然と具体的な形となってあらわれてくることができるようになります。
    思うことは誰でもできます。
    それを実行に移すこと、それがなかなかできるものではありません。
    しかし、樹徳で生活していくなかで、それが自然とできるようになるのです。
    みなさんも、ぜひ、このことを理解して、自分が高校性になったときや成人したときに、奉仕の心が役に立つように、毎日毎日の樹徳の生活を大事にしてみてください。

     今回の被災地でのボランティアは、高校生は彼ら7人だけでした。
    帰りに、「自分の孫も高校生がいるのだけど、今日(日曜)はゴロゴロしてるだけで、見習ってもらいたい」とか、「樹徳の高校生の力は大きかったし、なにより、頭を使って、次に何をやればいいのか、を常に認識して行動していた」というようなお褒めの言葉をいただきました。
    生徒はもちろんそのような評価を意識して取り組んでいたわけではなく、本当に率先して自分から進んで、泥をかき分けて、一つ一つのことに取り組んでいました。
    運動量も約50人くらいの参加者のなかで一番多く、重いもの、収拾のつかないもの、面倒なものを自分から進んで運んでいたり、処理をしていたりしていました。
    正直、こんなに働くとは思いませんでした。
    しかし、1日ではどうにもならないような、泥や商品の残骸を目のあたりにして、やる気がでないのではないかと思われたのですが、生徒たちはそのようなこと微塵も思わずに、ひたむきに一つ一つのことをコツコツと作業していました。
    最後には、あれだけどうにもならない状態であったものが、整理され、片付いた状況を見ると、人間やればできるんだ、という気持ちが湧いてきたそうです。
    何ごとにもいえることですが、どうにでもならないようなことでも、コツコツと行えば、本当に大きな成果が出るのだと、彼らは分かったようでした。

     このボランティアを通じて彼らは本当に何かをつかんだようです。そして、自分自身の成長のなかにあって、大きなインパクトを与えたように思われます。
    帰ってきて、彼らの言動などを見ても、このような短期間で人間は大きく成長できるものだな、と改めて、若い力というのは限りないものだなと認識しました。

     みなさんもぜひ、自分で何をやるべきか、自分には何ができるのかを考え、毎日の生活を疎かにしないような、一つ一つのことを確実に行っていくような学校生活を送っていってもらいたいものです。

平成23年5月号
  • 自学自習のすすめ

     「自学自習」といったとき、では自分が何を行えばいいのか、どうやって勉強をしていいのか、困ったり、悩んだりしている人がいるかもしれません。
    そもそも、自分は勉強が大の苦手だから、自学自習をしているふりをすればいいのではなどと考えてしまっている人もいるかもしれません。
    自学自習とは自分の興味や関心のあることを、さらに深く追究し、そこから新たな面を見出すことがその前提となります。
    勉強をするというよりは、自分の好きなことをさらに推し進めていくことがその狙いとしてあります。

     みなさんは、勉強を学校で習うことだけを指しているととらえているかもしれません。
    学校で習うことはもちろんのこと、学校で習う以上のことを自分で深く追究することが、勉強する、学習するということにつながります。
    自学自習という言葉自体が実は意味あるものではなく、勉強や学習を行っていけば、自然と自分から調べ、自分から考え、自分でわからないことの根本的なものを見つけ出していくことになります。
    ただ、まだまだ勉強嫌いが自分の頭の中に根付いてしまって、自分から積極的に学習をするという状況に達してない人もいるかもしれません。
    そこで、ちょっとした勉強や学習への取り組みにおける方法を教えていきたいと思います。

     みなさんは、勉強する、学習するというときの、その根本は何であると思いますか。
    突き詰めて考えていくと、それは「言葉の意味を知る」ということになります。
    言葉を知らなければ、自分の頭で考えたことが、枠が小さすぎて、単純な発想しかできないということになります。
    より多くの言葉を知ることによって、考えることが多様になり、発想も豊かになっていきます。
    国語や英語では当たり前のように言葉の意味を勉強しますよね。
    実は数学や理科でも同じことがいえます。
    数学の公式を覚えるのも、言葉を介しますし、理科の定義でも言葉を知らなければ、それ以上の発展はありません。
    みなさんはこの中学の期間に多くの言葉の意味を身に付けているということになるのです。
    そして、それはこの期間でしか行えないことでもあります。
    中学のみなさんは、自分が思っている以上に頭が、もっといえば脳が、かなり柔軟です。
    そして多くの知識を身に付けても、忘れることはありません。
    脳の許容範囲は無限で、自分の限界以上のことを覚えても、今まで培った知識がはみだして、忘れてしまうということはありません。
    忘れてしまうのは、繰り返し、その知識を使っていないことだけなのです。
    このことから、勉強における、予習・復習がかなり大事であることがわかりますよね。
    人間の記憶は時間が経つほど忘れてしまいます。
    しかし、繰り返し記憶したものを使うことによって、自分の頭にその記憶が残っていきます。
    言葉もみなさんが毎日使っているからこそ、忘れずにその状況に応じて使いこなしていけるようになっていますよね。

     今みなさんが考えてほしいのは、自分の視野や考え方を狭めないでほしいということです。
    それには多くの言葉を身に付けてほしいということです。
    毎日の勉強や学習も、結局は言葉の習得です。
    新たな言葉を次々に覚えていくということが、みなさんが行っている勉強ということになります。
    勉強を怠っている人は、実は言葉の習得をおろそかにしている人です。
    例えば、言葉による言い争いになったとき、言葉を知らない人は、最後に必ず決め台詞を言います。
    「ば~か」と。
    この言葉ですべてが決してしまっていると考えている人は、まだまだ考え方や姿勢が幼いのです。
    この言葉を言った人は、これ以上の言葉が出てこないために、この言葉を言うことによって、降参してしまっているということなのです。
    言葉を知らないから、考えの回路が遮断してしまい、これ以上の言葉で言い争いができなくなってしまっているのです。
    これは大人の社会でも、よくみられることで、特に社会に出て、議論をするということは結構あります。
    そのときに全く言葉を知らなければ、議論にならないし、その人はその企業ではおそらく使い物にならないというレッテルを貼られてしまうでしょう。
    そうならないためにも、中学の段階で、多くの言葉を知ることで、自分の知識を豊富にすることは重要なのです。

     また、言葉を知ることで、多くの考え方にバリエーションがでてきます。
    そうすると、自分が今まで考えていたことにも、また違った面から考えが生じてきますし、色々な知識が豊富になり、今まで知らなかったことからまた新たな展開が生じてきます。
    さらに、将来のことを考えた場合にも、色々な角度から自分の将来像を描き出せていけることになります。
    言葉を知らないと単純な発想から、安易に自分の将来を考えてしまい、楽な方へ自分を導いてしまい、結局後悔してしまうことにもなりかねません。
    自分のことをきちんと考えていくうえでも、言葉の習得は必ず行っていかなければならないことなのです。

     考え方によっては、みなさんは言葉の意味を知るという作業だけ行っていけば、あとは自然と自分の脳がそれ以上のことを行ってくれるのです。
    知らない言葉を身に付けていくことは、最初は大変困難な作業かもしれません。
    しかし、慣れてくれば言葉の数は増えていくわけですから、色々な回路が脳のなかにできあがり、違う言葉と違う言葉が連鎖的な反応を起こし、習得するのも、言葉を知れば知るほど楽になっていきます。

     自学自習のすすめとは、より多くの言葉を習得していくということです。
    分からない言葉があったら、ノートにまとめておいて、あとで読み返せるようにするといいと思います。
    国語や英語で行っているような、単語帳を作ってみてもいいかもしれません。
    ノートや単語帳を作ることは、その後の学習方法にも、役に立ちます。

     ぜひ、みずから進んで、多くの言葉を身に付け、色々な角度から自分の考えをより豊かにするということを心掛け、実際に実践してみてください。

平成23年6月号
  • 英語を勉強しているようで日本語を学んでいる

     先月号で、お話ししたように、中学生として、自学自習をできる姿勢が意識できるようになったでしょうか。
    今回は、さらに、言葉の意味を定着させる具体的な方法を述べていきたいと思います。

     これからの学習において、あるいは将来へ向けて自分自身の人間としての幅を広げるために言葉の習得が重要であることは先月号でも触れました。
    色々なやり方、仕方があるかと思いますが、言葉の習得で効果がある方法として、「英語力」のアップということが考えられます。
    「英語を学ぶと人間としての幅が広がるのか」と強引な結びつけではないかと考えてしまうかもしれませんが、実は、言葉を習得するうえでは、英語の学習がより効果があるということをお話しします。

     明治期になって、日本は多くの外国の技術や習慣、それから英語はもちろんのこと、フランス語やドイツ語の習得に邁進しました。
    このときに、日本語の研究も進み、しかし、日本語独特の定型化しない文法をどう研究していいのかと考えたときに、ある程度文法が固まっている英語の文法をうまく利用して、日本語文法に応用していったという背景があります。
    つまり、英語の文法を利用して、日本語の研究を進めていったということなのです。
    今みなさんが学習している英語の内容も実は、英語を勉強しているようで、日本語を学んでいるという面もあります。
    英語にははっきりと分かりやすく、主語がありますよね。
    日本語はその点を表示しなくても意味が通じることがあります。
    しかし、しっかりと文の構造をとらえるときには、あいまいにされていまうケースが出てきます。
    特に、論文などで主語が分からなければ、何を主張したいのは分からなくなってしまいます。
    みなさんも、国語の読解問題で、意識していくのは主語と述語を明確にとらえて、文章を読まないと、その筆者が何を言いたいのか分からなくなってしまうのは、多くのテストを経験してみて分かっていることと思います。
    このときに、役に立つのが、「S+V」なのです。
    また、英単語を一つ覚えるだけで、多くの日本語の意味を習得することができます。
    例えば、「idea」という単語の意味は、みなさんならば即答できるはずですが、ではほかの意味をいくつかあげてみよう、というときには、戸惑ってしまうかもしれません。
    「idea」は「考え」という意味のほかに、「思考」、「概念」、「思想」などという意味があります。
    「idea」という単語を覚えただけで、日本語の意味をいくつも覚えることになるのです。
    どうでしょう。
    幅が広がっていくと思いませんか。
    英単語には多くの場合、意味が複数あります。
    その意味を知っていれば、日本語に応用されていくのです。
    「comprehend」という単語には、「包括する」のほかに、「理解する」という意味があるのです。
    そうすると、「理解する」ということは「包括する」ことと同じように解釈できるようになると思いませんか。
    このような点から、英語を学ぶということは実は日本語を学んでいるということにつながっていくのです。
    格好良く表現したいときにも応用できますよ。
    例えば、「私の考えではここはこうなる」というとき、「私の概念ではここがこうなる」といってみてください。
    それだけで頭がいいように思われるのではないでしょうか。
    多くの偉い人たちが書いている論文も堅苦しいようにみえるかもしれませんが、実は簡単な言葉を難しくいっている場合もあるのですよ。

     このように、英語を学習すると幅が明らかに広がります。
    また、今まで知らなかった言葉を多く身に付けることもできますし、関連づけて覚えることができますので、日本語の単語をそのまま覚えるよりも、比較的ラクに覚えることができます。
    また、英語の構文は必ず、SVがありますから、文の構造を理解でき、論理的に文章の内容も身に付いてきます。
    英単語をしっかりと身に付けたら、文法や構文を行ってみると、長い英語の文章もラクラクと読めるようになってきます。
    逆にいうと、長い英文が苦手な人は、まずは英単語の意味を覚えていない、そして文法や構文に時間をかけて学習していない、定着していないということになります。
    英語の習得は、積み重ねです。
    日本語と同じように語学ですので、毎日それを使わなければ、忘れてしまうのは当然ですよね。
    英語の苦手な人は、毎日の学習をおそろかにしている人ともいえます。
    少しずつでもいいので、苦手な人は毎日、英語を学習するように心掛けてください。
    それでも、英語の苦手意識が解消されない人は、ただひたすら英文を声に出して読むことをおすすめします。
    英語の上達の鍵は、ズバリ「音読」です。
    音読が得意な人には英語を苦手にしている人はいないといっても過言ではありません。
    語学ですので、頭だけでなく、全身を使って覚えていく方がより身近に覚えられるということは、実はみなさんの日本語習得のときにも経験済みなのです。
    それでも、ダメな人は英語の音楽を英語の歌詞を見ながら楽しむという方法があります。
    曲は日本人でも外国人でもかまいません。
    歌詞を見ながら、さらに曲に合わせて、歌ってみるのもいいでしょう。
    実際に、このことがきっかけとなって、英語が大好きになった人もいますし、おすすめです。

     今回は、言葉の意味を知るうえで、英語の活用術をお話ししましたが、何回も述べますように、単語の意味を知ることはそれだけ知識が豊富になり、自分の考え方にも幅が広がります。
    ぜひ、そのことを忘れずに、今の段階で、多くの知識を身に付けるように心掛けてみてください。

平成23年7月号
  • 「考えるということ」を考える

     皆さんは、「考える」ということについて考えたことはあるだろうか。
    「考える」ということは、常日頃から行っていることだから、考えることを考えたことはないかもしれないし、自然と考えるということが身に付いていると思うかもしれない。
    しかし、「考える」ということは、実はかなり重い負担の作業であるということを、考えてもらいたい。

     確かに、われわれは、「考える」ということに、その人が確実に考えるということが自然と身に付いているという前提から、「考えてみなさい」といってしまうケースがある。
    受け取った方も考えるということは常日頃から行っているわけだから、容易に受け取っている傾向があると思う。
    しかし、いざ考えてみる段階になると、受け取った方は、実際、何を考えていいのかわからないということも、皆さんのなかにも経験したことがある人もいると思う。
    あるいは、考えようとしても、考えが煮詰まって、その先が見えてこなくなるということも経験したことがあるのではないだろうか。
    考えるということは、かなり安易に、発信する側も、受信する側も行ってしまっている行動であり、今まで、皆さんも考えるということの、明確な教えは受けてこなかったのではないだろうか。
    われわれは、考えることは、生まれつき身に付いてくるという、無意識の前提が認識されてしまっている。
    そして、年齢を重ねることに、その考えはより大人びた内容になってくるという幻想がある。
    そう、これはまさに幻想であり、人は意識して考えるということを考えていかないと、自分自身で考えるという行動は身に付いてこないのである。

     では、どうやって、考えることを考えていけばいいのだろうか。
    実は、考えることを考える人というのは、そうはいない。
    哲学や倫理などを追究している人でもないかぎり、日常において深くこのことを考える人などいないと思う。
    では、深く物事を考えることのできる人というのはどういう人なのであろうか。
    生まれつきのもの、あるいは、そういう性質の人が時間を持て余して行っているのではないだろうか、と皆さんは考えてしまうかもしれない。
    でも実際、考えるということは、日常における訓練で、多くの物事を深く、広く考えられるようになるのである。

     皆さんは、考えが行き詰まったとき、その考えをどうするだろうか。
    放っておく。
    あとでもう一度考える。
    もうその考えは結論が出ないから忘れる。
    違うことを考える。
    などと色々な対処をしているように思う。
    行き詰まることが自然であり、自分の頭ではこれ以上のことはできないと思うだろう。
    なかには、調べものをして、その先を追求して行く人もいるかもしれない。
    この調べものをするということは、詰まるところ、何をしているのか、ということが実は重要なキーポイントになるのである。
    要するに、調べものをしているということは、自分自身のなかにわからないことがあって、そこから新たな知識を導入していることを行っているとは思いませんか。
    そう、そこに考えるということのヒントが隠されているのです。
    新たな知識を身に付け、行き詰まった考えに、新たな方向性を見出す。
    そして、考えを違った角度や、今までの考えに積み重ねて物事を考えるように仕向ることを行っているのではないだろうか。

     前回からの話しを前置きにして、もう少し、考えることについて考えてみたい。
    新しいものを身に付けることによって、新たな面を見出す。行き詰まった局面を打開しようとする。
    行き詰まったときの自分は、おそらくまだ自分のなかに、「知識」が足りなかったということで、調べものをすることで、新たな知識を身に付けている。
    自然とそれができる人もいるだろうし、諦めてしまう人もいるだろう。
    ここで、考えることをより深く、広く考えてもらうためには、意識的に知識を身に付ける作業を自然な状態になるまで、意識して行ってもらいたいと思う。
    自然と調べものができる人は、今までの生活のなかで、どこかの段階でそれができる訓練を無意識な状況のもとでも経験してきたのである。
    それがまだ身に付いていない人は、ぜひ意識的に知識を身に付けることを行ってみてください。

     ここまでで、考えるということには何が必要であるか、皆さんはもう気づきましたね。
    そう、考えることに必要なことは豊富な知識なのです。
    考えることが苦手な人や考えることを途中でやめてしまう人は、まだまだ自分自身のなかに知識が足りていないのです。
    知識をもう少し詰めて考えると、それは言葉ということになります。
    言葉の意味を知らないがために、思考回路が単純になってしまうことがあります。
    それはそうでしょう。
    少ない言葉で考えをめぐらせても行き詰まってしまうことは目に見えています。
    英語の単語を知らないから英会話ができないのと同じことです。
    つまり、発展性がないということです。
    多くの言葉を身に付け、それに対する意味を知り、さらにそこから色々な方向に知識が芽生え、考えることの幅が広がってきます。
    では、逆に考えることなどどうでもいい、考えることは面倒くさいと考え、考えることをやめてしまったら、どうなるでしょうか。
    単純な発想しかできなくなってしまい、その考えをやめた時点での思考年齢のままで、幼稚で幼い言動しかできなくなってしまい、社会はもとより、周りから相手にされなくなってしまいます。
    社会に出ても信頼されず、重要な仕事は任されず、単純な発想から自分勝手な解釈しかできなくなってしまい、常に他人のせいにして、さらに社会のなかで孤立してしまうことにもなってしまいます。
    それでもいいと考えた人がいるかもしれません。
    そんなに社会は甘くないということを、今の皆さんにいってもまだわからないかもしれませんが、社会の縮図である教室内においても、そのことは皆さんは経験していると思います。

     言葉や知識を身に付けることが社会性を育むという前提で話を進めてきましたが、そのことも本当に重要なことでありますが、さらに、このことは自分自身の心を豊かにすることにもなるということも覚えておいてください。
    言葉を豊富に知っていると同じような言葉でも違う意味に解釈できるようになり、言葉の言い換えで、自分自身の考えの幅を広げることにもなります。
    前回、英単語でこのことはふれましたが、一つの言葉には色々な意味があり、一つの解釈だけではないということでしたよね。
    これをふまえて、例えば、「不安」という言葉には、マイナスのイメージが絶対的について回るように思います。
    しかし、言葉が豊富だと、「不安」から色々なイメージを作り出すことができ、「不安とはこの先のことが心配でどうなるかわかならい」、「もし自分に不都合なことが起こったらどうなるだろう」というような考えが生じ、さらに「でもこの不安は将来に対する自分の可能性を開くものかもしれない」、「自分に不都合なことが起こるということは、それだけ自分には大きな責任があった」というように前向きにとらえ直すことができるようになるのです。
    言葉を豊富にすることは、自分の考えも豊かにすることになり、心を豊かに保ちながら、より良い暮らしができることにもつながっていくのです。

     自分の心を豊かにし、さらに社会性を身に付けていくためにも、多くの言葉を知り、多くの知識を身に付けるように、意識的に行ってみてください。

平成23年8月号
  • 夏休みに取り組むこと

     みなさんは、夏休みは40日間もあるので、色々なことができ、あらゆることを行おうと考えを巡らせていると思います。
    夏休み当初から計画したり、新たなものに挑戦しようとしてみたりと、考えているかと思います。
    しかし、現実的な話しをしてしまいます。
    夏休みは、自分の思い通りにならない、計画通り思いが運ばない、ということを覚えておいてください。

     みなさんも、今まで経験した夏休みを思い起こすと、覚えがあるかと思います。
    宿題を最後まで残したことはありませんか。
    最後まで残さずとも、途中で計画がおかしくなったことはありませんか。
    夏休みは、色々と魔物がひそみます。
    自分の考えでは動かなくなってしまっていくことが多々起こります。
    でも実は自分でそうさせている面もあります。

     夏休みは「40日もある」のではなく、「40日」しかないと考えてみてください。
    普段の時、40日間というのは、長いでしょうか、短いでしょうか。
    今から40日前を思い出してみてください。
    40日前から、今日までの間、みなさんの、例えば、学習面において劇的な変化はあったでしょうか。
    それから、もう一つかなり辛口になってしまいますが、普段、毎日勉強できていない人が、夏休みに劇的に勉強するようになるでしょうか。
    夏休みは誘惑も多いですし、外は暑いですし、休みをいいことに一日だらけてしまう、というようなことが、起こりますよね。
    厳しい言い方ですが、普段、継続的に勉強できていない人にとって、夏休みに継続的に勉強を行うことは、かなりの労力が必要です。
    このことを前提に学習計画を立てないと、必ず、中途半端になってしまいます。

     みなさんは、中途半端や途中で投げ出すことに対して、どのように思っているでしょうか。
    何も思わないであるとか、仕方がないと思っていたりしてないですよね。
    実は、中途半端は癖になります。そして、我慢することや忍耐力を失っていきます。
    社会に出たときに、仕事を途中で辞めてしまったり、任された仕事を途中でほったらかしにしておいたらどうなるかわかりますよね。
    その習性が、今ついてしまったら、どうなるでしょうか。

     中学段階において、最もやってはいけないこととは、「中途半端」ということです。
    学習面において、勉強とは自分でするものですから、学習をする、勉強をするというときには、自分でもちろん計画を立てます。
    その時に、単純的な発想から、自分に無理をして計画を立ててしまう人が、多くいます。
    夏休みは40日かあるから、「1日1ページずつ英単語を覚えれば、40ページ覚えられる」と考える人がいます。
    そういう人は、そのノルマを達成することはできません。
    大方、途中で嫌になり、違う英単語の問題集や、違う教科を、行ってしまうことになるでしょう。
    1日1つ何かを行うというのは、とても重要ですが、軽い負担で、余裕のあるものにしておかないと、長続きはしません。

     自分が考える5割程度のことしか、夏休みはできないと考えておいてください。
    各教科、薄い問題集を1冊やりとげる、というだけでいいです。
    これでさえ、途中で嫌になってしまうこともあります。「折角の夏休みなのだから」といって、何故か勉強をしなくなってしまう人もいます。
    無理なく、継続して勉強して行くには、計画にも多少の余裕が必要です。
    例えば、夏休みをさらに細切れにして、1週間単位にします。
    どうせなので、「折角の夏休み」という考えも取り入れます。月曜から金曜までは、きちんと学習に励んでください。
    そして土曜・日曜は思いっきり遊んでしまうのです。
    1週間で、トータルでこれだけやっておこうというものを決めておきます。
    もちろん、無理なくです。
    金曜までにそのノルマが達成できたら、土曜・日曜はそのご褒美にするのです。
    ただし、金曜までにノルマが達成できなかったら、もちろん、土曜・日曜に達成できなかったところをやるのです。
    この方法だと目の前の楽しみに向かって、集中力がつきますし、勉強に対するモチベーションもわくはずです。
    参考までにこのような方法もあることを覚えておいてください。

     夏休みは、むしろ、これからの学習に向けて、「継続して何かに取り組むということを心に根付くきっかけの時期とする」、ということを考えてみるのもいいかもしれません。
    夏休みに毎日、継続して学習に励むことができれば、夏休みが明けても、同じように継続して取り組むことができるようになっているはずです。
    毎日少しずつでも、学習に励むということを、自分のなかに築いていくことを心掛けてみてください。  

平成23年9月号
  • 「常識」を考える

     みなさんは「常識」をどのようにとらえているだろうか。
    常識なんて、学校で教わってこなかったし、普段からまともに生活していれば自然と身に付いてくるものなのではないだろうか、などと思っていないだろうか。
    そもそも、常識とはいったい何であろうか、常識にきちんとした定義などあるのだろうか、と思うかもしれない。
    みなさんは普通に生活していて、同世代の人たちと接する機会の方が圧倒的に多い。
    同世代との付き合いにおいても、それなりに常識を認識することがあるかもしれない。
    しかし、その常識ははたして一般社会においてどこまで通用するものだろうか。
    では、大人はどうであろう。
    大人はみんな常識を持って行動しているし、大人は間違ったことを滅多にしないだろう、と思っているかもしれない。
    たしかに大部分の人たちは、常識を持って社会生活を送り、常識の範囲内で、仕事をし、生活をし、娯楽を楽しんでいる。
    では、大人はいつ、どこで、常識を身に付け、そして、どうやって社会との折り合いを付けているのだろうか。
    そもそも大人は常識を常に意識しながら生活をしているのだろうか。

     常識とは意識しなければ身に付けられないものである、ということを、まずは覚えておいてもらいたい。
    自然と身に付いているようで、実は何らかの手ほどきや、誰かからの指摘があって体に染みこんでくるものだ。
    常識を身に付けたいけれども、どうやって身に付ければいいのだろうか。
    教科書などない。
    本を読んでも、はたしてそれがきちんと身に付くのか。
    そもそも常識を身に付けたところで、はたしてそれが生かせるのか。
    そう考えてしまう人もいるかもしれない。
    では常識を身に付けることによるメリットは何かということである。
    実際、常識を身に付けること自体が常識なわけであるので、メリットとかそんな得失で常識を考えていいものかというような声も聞こえるかもしれない。
    しかし、常識を持つことは社会生活を円滑に過ごすために、また社会で生きていくためには、身に付けておかなければならないことであり、メリットといった方がわれわれは理解しやすい面があり、常識そのものを認識しやすくなる。
    話がややこしくなってきたかもしれない。
    まずは、常識とは何かということである。

     常識は社会生活を円滑に過ごすための手段であるともいえる。
    常識を持つことで、不安や悩みを持たずに、またストレスをためずに、豊かな気持ちで生活が送れることになる。
    常識を認識しながら生活すると、自分の間違いや社会との関係の中から、自分の行動を考えることにつながっていく。
    もっとはっきりといえば、自分勝手な行動を抑えることができるようになる。
    自分勝手な行動は、自分だけよければいい、他人に迷惑をかけていないという言い分が必ずつきまとう。
    自分勝手な解釈は必ず社会と衝突する。
    他人の生活を侵害する。
    自分勝手な解釈をする人は、他人の自分勝手を徹底して許さない。
    なのに、自分が侵害されたときだけ大声で訴えるようなことをする。
    他人という存在をはっきりとわからない、あるいは無視して行動してしまう。
    みんなが自分勝手なことをしたら、絶えず争いが起こることになる。
    そんな社会、住みやすいですか。
    そこで常識です。
    また、回りくどい言い方になりましたが、常識を突き詰めると、そこには良心がありませんか。
    そして、他人との関係からいえば、謙虚さと慎みさがあると思いませんか。

     良心はまたわかっているようで、きちんと把握できない単語かもしれない。
    みんな人それぞれに良心を持っている、などと多くの人は認識しているかもしれない。
    そしてまた良心も自然と身に付いてくるものだと。
    しかし、良心は自然と身に付けられるものではありません。
    われわれが生活していくなかで、互いの距離感を認識して、そこから他人のことを思いやる気持ちから生じるものなのです。
    だから、その根底にはやはり謙虚さや慎みさといったものがなければならないことはわかったでしょうか。
    では謙虚、慎み、とは何でしょうか。
    これはズバリ自己犠牲ということではないでしょうか。
    自己犠牲というと何か大仰しいようなイメージかもしれませんが、自己主張を主体的に考えるのではなく、ある程度、自分の考えを抑えて社会やその環境に合わせること、くらいの意味でとらえてください。
    つまり、自分勝手な解釈をなるべくせず、他人を常に意識しながら、行動を起こす、ということが謙虚さや慎みさということになります。

     実は、謙虚さを持つということは、社会生活を円滑に行えるということ以上に、自分の性格を磨くうえでも重要なことです。
    まず、周りの状況を意識していくことで、自分の周りが見えていきます。
    自分の役割といったものが認識できるようになります。
    そして、謙虚さを常に意識していくと、コツコツと努力することが常態化するようになります。
    継続して物事が行えるようになります。
    さらに、自己中心的なものの見方が解消されます。
    自分勝手な行動は必ず他との軋轢を生みます。
    それを回避できるようになります。
    それから、常識が目に見えてくるようになります。
    一般的な常識は、自然と身に付いてくるものではありません。
    常に謙虚な姿勢でいることが、常識を身に付けることにつながります。
    常識を持ち合わせていないと、他の人から忌避され、孤立感を深め、さらに自分勝手な行動に拍車をかけてしまうことにもなります。

     謙虚に、慎ましやかに考え、行動していくことで、自分のこれからの生活を豊かにし、円滑な人間関係が築け、人生をより楽しくする素となります。
    このことは、意識的に行わなければ、身に付いてきません。
    中学の今この段階で、意識的に、謙虚さ、慎ましさを身に付けるようにしてみてください。

平成23年10月号
  • 「耐性」を身に付ける

     「耐性」と聞いて、何のことかとわかった人はいるだろうか。
    「耐」という字があるので、耐えることとか、我慢することとか、忍耐に関係のあることと思ったかもしれない。
    たしかに、日常で耐性という言葉を使うことはあまりない。
    「耐性菌」とか「薬剤耐性」とか「耐性ウイルス」とか、薬学や医学などで使われるケースくらいだろう。
    だが、「耐性菌」などと聞くと、何となくイメージがわいてはこないだろうか。
    「病気の菌に対し、抵抗していくうちに体がそれに対する力を持った」などと思うかもしれない。
    実はこの言葉は、教育の中においては、それなりに使われている言葉である。
    意味は、薬学や医学で使われるケースと似ているかもしれない。
    教育においては、「生きるための力」をつけていくということととらえられている。
    大きな枠組みでいえば、薬学や医学の「抵抗力」といってもいいかもしれない。
    では一体、耐性を身に付けるとはどういう意味なのか、なんで耐性を身に付けなければならないのか、考えてみよう。

     「耐性菌」の話を最初に持ち出したが、ある病気のウイルスに抵抗力を持つと、その後、同じような病気で辛い思いをすることは少なくなるだろう。
    幼いころより、みなさんは、自然と病気に対する抵抗力を身に付けてきたかもしれない。
    体において、病気にならないための耐性を身に付けることで、丈夫で健康な日々を送れているだろう。
    それと同じように、心や脳においても耐性を身に付けていないと、大人になったときに、生活に順応できないことになってしまう。
    生活に順応できずに、果たしていい暮らしができるのであろうか。体における抵抗力は、もうある程度、みなさんは保持しているかもしれない。
    そして、これからは、心や脳における抵抗力を、今この時期に、しっかりと身に付けていかなければならない。
    病気の場合では、子どものうちに耐性を身に付けていないと、大人になって抵抗力が機能せず、簡単に重い病気になったりしてしまうケースもある。
    心と脳も、きちんと抵抗力をつけておかないと、大人になったとき、たいへんな思いをしてしまう。

     中学生のこの時期は、心や脳がまだ不安定で、未発達な時期である。
    色々なことに悩んだり、将来のことを考えたり、対人関係や家族との関係など、不安なことや、不満が多くあるかと思う。
    もちろん、一つ一つのことに関して、おおいに悩み、考え、答えを導き出そうということは、そうすることだけでも、脳の働きを活性化して、成長にとっては有効に働く。
    しかし、中学生のみなさんは、何か問題が解決できそうにもないような事柄に直面したとき、「面倒だから」とか、「どうせ答えなどでないから」と考え、ある問題から逃げ出してしまうようなことはないだろうか。
    「大きなストレスを感じるよりましだ」とか、「楽に生きていく方法だって自分の生き方なんだから」と考えたことはないだろうか。
    実は、中学生のこの時期に逃げることを覚えてしまうと、大人になってからも大きな問題にあたったときに逃げてしまう可能性がある。
    「大人になってから身に付ければいいじゃないか」と考える人がいるかもしれない。
    先ほど述べたように、子どものころに病気に対する抵抗力を身に付けてないと、大人になってから重い病気になるようなことがある。
    これと同じことである。
    今、きちんと心や脳に対して抵抗力を身に付けておかないと、大人になってからは厄介なことになるのはわかりますよね。

     「今を楽しく生きていればいい」という若者はたしかに存在する。それが一部あこがれの的となっているケースもある。しかし、大きな問題に立ち向かわないで、逃げてばかりいて、何も考えず、その場しのぎにやりすごすのでは、今はよくても、この先、必ず生きていくことに関して後悔してしまうときがくる。
    中学時代は、「自分がやりたいことをやる時期」ではありません。目標に向かって、将来の基礎を自分のものにしていく時期である。
    「自分がしたいと思うもの」と、「自分が今しなければならないもの」の間で、大きな葛藤があると思う。
    「何で、ある程度、成長したのに、まだ自分の好き勝手なことができないのか」と思ったりするかもしれない。
    「何で好きでもない授業を勉強したり、将来役に立たないだろうことまでも勉強するのだろう」と思ってないだろうか。
    このようなことを考えているうちは、まだみなさんには、大人になるための耐性は身に付いていないといえる。

     「自分で自分の思い通りにはならない」ことの方が、実は世の中では常識である。
    そして大人はみんなそれを知っている。
    「思い通りにならない」ということを理解しはじめたとき、抵抗力が付いてきたという目安になる。
    自分の思い通りにならないとき、みなさんは理屈をつけて、自分の思い通りにしようとしてないだろうか。
    みなさんにいっておきましょう。
    大人はそのことに関しては、はっきりとわかっています。
    みなさんに「思い通りにならない」ことをわからせ、抵抗力を身に付けてほしいと考えているのである。
    みなさんの理屈に付き合っている面もあるのですよ。
    本当にわかって欲しいとき、大人は「叱り」ます。
    「叱る」のです。
    「怒る」のではないのです。
    「叱る」と「怒る」。
    その違いがわかってくれば、大人になるための「耐性」が身に付いている証拠となるでしょう。
    屁理屈をめぐらせて、大人を煙に巻いた気になっていては、いつまでも耐性は身に付きませんよ。

     今この時期に、意識的にでも、自分の心や脳に抵抗力を付けるというようなことを考えてみてください。
    そして、すぐにでも実践に移してみてください。
    「耐性」を身に付けていれば、「生きていく力」となっていくのです。

平成23年11月号
  • 生活習慣の確立

     我々の心の中には、無意識にでも「誰かがどこかで何かをやってくれている」という考えが存在しているのではないだろうか。
    家にいれば、家族の誰かが、学校にいれば、先生などが、どこかでやってくれていると考えていないだろうか。

     しかし、今日をきっかけに、この考えを改めていただきたい。
    そして、完全とまではいわないけれども、「誰かがやってくれるだろう」という考えを排除してもらいたい。
    この考え方は、労力が必要となります。
    何故、自分が行ったわけでもないことまで、自分がしなければならないのか、という考えが出てきたら、思考回路は止まります。
    しかし、円滑な生活をするうえでは、やはり必要です。
    して円滑な生活をするということは、安心・安全な暮らしができるということにつながります。
    ではいくつかの事例を明記しながら、みなさんも深く考えてみてください。

     「午後6時半をまわりました。下校の時間です。周りを見ると自分しか教室にいません。しかし、他の教室からは声がするし、母親が迎えにきているから早く教室から出たいです。まだクラスの人が残っていそうだし、窓は閉めなくてもいいかな、電気もまだいいかな、と考えて、そのままにして下校しました」。

     自分の中での配慮が感じられ、他の人のことも考えていそうですが、この行動はダメです。
    さらにその先のことまで考えて、行動に移さなければなりません。
    このケースは、他に生徒が残っているとわかっていても、下校の時間が過ぎて自分がその教室から出る最後だと、この段階で把握したら、やはり戸締まりと消灯はするべきです。
    では仮にこのあとそのクラスの生徒が本当は最後であったとしたら、その生徒も戸締まり、消灯が済んでいるとしてももう一度同じように確認すべきなのです。
    自分が最後かもしれないけど、まだ教室にカバンがあった場合はどうでしょう。
    このときも下校の時間が過ぎて教室には自分しかいないならば、戸締まり・消灯をするべきです。

     では次の事例です。

     「トイレで用を足し、自分の時にトイレットペーパーを使い切りました。自分は自分の段階で使い切ったわけだから、次の人のことは次の人の責任でトイレットペーパーを設置すればいいと考えます」。

     これはその人の性格の問題ではないのか、と考えるのは、社会生活を円滑にすることに対して怠慢であるといえます。
    どこかで「自分さえよければそれでいい」と考えている節があるでしょう。
    この場合、次に人のことまで考えて、行動に移すべきです。その場に据え置きのものがなかったら、何個か余計に据え置く分のペーパーを持ってくるくらいの気持ちが欲しいところです。
    家でも同じです。
    母親がやってくれるとか、次の人の責任だとか、考えないようにしてみてください。
    もし、次の人がた自分だったらどうでしょうか。
    紙がない。
    据え置きもない。
    最初に確認しなかった自分が悪いかもわかりませんが、やはり前の人が用意しておいてくれればいいのにと思うでしょう。
    家などでは、母親などを責めるかもしれません。
    自分に都合のいいように考えてはいけません。
    次の人のことまで考えて行動することをぜひ考えてみてください。

     細かい事例をあげてみましたが、このことは大人でさえ、正直、今の時代できていないのが悲しい現実です。
    「誰かがやってくれている」「自分の仕事ではない」と考えている人がとても多いのが現状です。
    なぜ、他の人のことを考えて行動しないのか。
    自分だけよければそれでいいのか。
    といった状況になってしまったのでしょうか。
    ひとえにモラルの低下といってしまえば、それまでかもしれません。
    学校で教わってこなかった、とか、家庭で習わなかった、とかいう意見が聞こえそうです。
    しかし、このようなことは本来できて当たり前のことではなかったでしょうか。

     このことは、社会が今、総じて「過保護化」している原因にあると思われます。
    そして、保護を受けている側の人がその過保護に甘えていることによるものと思われます。
    もう少し、広い枠組みで考えた場合、「モラトリアムの延長」「パラサイトシングルの急増」などといわれる状況があると思います。
    みなさんはこれらのことを知っているでしょうか。
    つまり、親の経済的な援助を大人になっても受けていて、いつまで経っても自立できない人が多くなっている現状です。
    親はいつまでもいるわけではありません。
    必ず自分の足で立って生活しなければならないときがきます。
    自分で何もできない人は、何をやっても他人任せになり、自分の責任を他人に転嫁するようになり、常識外れの主張を押し通そうとします。

     みなさんは今の社会をどういう目で見てるでしょうか。
    円滑に安心感がある社会と写っていますか。
    なにかぎくしゃくした、不安や心配が横行しているように見えませんか。
    震災後、一時期、被災者のためというようなことで、奉仕の心が芽生えた気もします。
    しかし、多くの人は自分の生活の方を第一に考え、今は誰かがやっているだろうと思っているようなきらいもあります。
    みんなが自分だけのことだけを考えている社会というのが、今の現状であるといえます。
    この先、このような状況が続けば、社会は崩壊します。
    まずは、自分の限られた範囲だけでもいいですから、そしてこのような現状を打破できるわけがないとは考えず、自分にできることを行っていく、というような認識をぜひ持ってもらいたいです。

     教員は毎日、日直の先生が、各教室や廊下などの戸締まり・消灯の確認をします。
    みなさんいいでしょうか。「戸締まり・消灯の確認」ですよ。
    「戸締まり・消灯」をしているわけではありません。
    戸締まり・消灯はみなさんの仕事です。
    教室だけではなく、廊下の窓や電気などもです。
    土曜日も同じです。
    部活や補習で学校に来た人は、校舎内の戸締まり・消灯の責任があると考えてください。
    土曜の戸締まりはできていないのが現状ですよ。

     今回は、細かい点を指摘しましたが、実は我々の生活をしていくうえで、最も大切なことである、ということを肝に銘じてみてください。
    中学段階で身に付けば、その後は自然と行えるようになります。
    今日から実践してください。

平成23年12月号
  • 一貫校のメリットを生かす

     今回は中高一貫校のメリットということを考えてみてほしい。中高一貫校の最大のメリットは、中学段階から、これから先の将来に向けて、または大学受験という目標に向かって、自己の意識を高めていけるという点にあります。
    すでに、3年生は、高校分野の学習の段階に突入していく教科もあるかと思います。
    今回は、みなさんの意識のなかに学習への準備を構築するための方法を話していきたいと思います。

     まずは、単刀直入に、大学入試に関して、もうすでに心構えはできているでしょうか。
    「まだ遠い未来の話」という認識があるでしょうか。
    確かに、1年生や2年生にはまだまだ先の話という感じがするかと思います。
    しかし、もう、そんなに遠くない将来に現実のものとして、皆さんは経験することになります。
    皆さんが大学を受験する年は、3年生は、2014年(平成26年)、2年生は、2015年(平成27年)、1年生は2016年(平成28年)です。

    中学3年を経て、高校生活は中学の生活よりも早く感じるという生徒は、過去も現在も数多くいます。
    高校時代は、「あっという間の3年間」という表現がまさに一番適しています。
    「次の日やればいいや」、「来週やればいいや」、「来月からするから」といった気持ちでいるとどんどん時が過ぎてしまいます。
    みなさんは、中高一貫校に通っているわけですので、今の時期から大学入試への取り組みをすることによって多少の余裕があります。
    つまり、あせった気持ちで取り組むのではなく、長いスパンで学習への計画や修正がきく、といった、とてもいい条件の下にあるわけです。
    さらに、大学受験はやはりより早く取り組んだ方がいい結果になるというような統計もあります。
    今の時期から気持ちを準備しておいて、実際に学習に取り組んでいけるのは、余裕があることとともに、有利な条件で学習への取り組みが行えるということです。

     公立の中学に通い、これからまずは高校受験を行わなければならない生徒は、この点でも、その後の自分自身の気持ちがかなり強くないと、大学入試において自分の思っている以上の労力が必要となります。
    一貫校で連続してこの先、学習に取り組んで行くと、高校1年の4月の段階ですでに、3ヵ月から半年くらい先の学習内容を一貫校では行っていきます。
    中学段階から高校段階へのステップアップは「同じ勉強か」と思われるくらい早く、中身の濃い内容に変化します。
    つまり高校1年の早い段階において、挫折を味わう人は非常に多く、そこから勉強に対して無力になっていまう人も多くいます。
    一貫校ではそのデメリットも解消されます。
    急激に変化する学習内容もうまく橋渡しできるカリキュラムになっていますし、訳知りの多い教員のもと、個別に対応するシステムが確立されてますので、学習に遅れる、勉強に不安や心配を持つという状況は防げます。
    また実際、高校生活に入って多くの生徒が、高校受験の疲れから高校1年の夏休みくらいまではだらけてしまうというような調査もあります。
    この時期に無理なく段階を踏んで学習のペースを落とさず、学習できることはその後の高校生活においても学習面において安心して取り組んでいけると考えられます。
    つまり、一貫校と公立高校においては、高校1年の夏くらいまでに半年から1年くらいの差が付いてしまうということになっていきます。
    このような有利な点にあるみなさんは、ゆったりとしたペースで、大学入試に無理せずに取り組んでいけることになります。
    そして、一貫校は少人数の編成であるわけですので、個別に対応できますし、教員はゼロからその生徒を知るのではなく、細かい点も周知のうえでの学習指導になりますので、些細な変化にも対応できるという、とても大きなメリットがあります。

     では、次に今から大学入試に向けて、何を行っていけばいいのか、ということをお話しします。
    今はやはり、授業を一番に考え、重要視してください。
    そして、わからないことがあったら、すぐに教員に相談や質問をしてください。
    公立の大人数の学校では、わかならいところがあっても人数が多いため、聞きに行っても順番待ちであったり、そのうちに質問せずに自分で何とかしてしまう、あるいはわからずにそのままにしてしまうことが多くあります。
    相談することや質問することによって、学習面でのモヤモヤはもちろんのこと、自分なりに解釈していたことなども違った観点からアプローチできるようになり、学習へのスタンスの幅も広がります。
    自分でやることにはやはり限界があります。
    その時に、すぐに相談や質問ができる環境にあるみなさんは学習への取り組みにおいても余裕があるといえます。
    わからないことがあったら、すぐに相談や質問をするということを心掛けてみてください。
    親身に相談のってくれる環境は、そうはないということを覚えておいてください。

     「授業を重視すること」、「相談・質問をすること」のほかに自分でできる対策としては、英語ならば英単語を覚えるということ、数学ならば公式を覚えるということ、国語なら本をどんどん読むことをお薦めします。
    特に、英語に関しては、高校で習う英単語数は中学の5~10倍以上といわれます。
    少しでも早く英単語に慣れておく方が、より有利である点はこのことからも理解できると思います。
    公立の中学生が高校受験に向けて必至に中学英語の復習をしている時期に、高校で習う単語を一つでも多く覚えてしまうことは、その後の学習においての有利さは一目瞭然ではないでしょうか。
    実際、先ほど述べた高校段階での急激な差というのは、英語の英単語数の増加に対応できないということに、如実にあらわれています。
    今からでも徐々に英単語を覚えることによって、高校内容の学習にも対応できるような習慣を身に付けておくと、余裕を持った学習展開がその後できると思います。
    同じような理由で、受験がないみなさんは時間的な余裕もあるわけですので、3年生は今の時期に多くの本を読むことをお奨めします。
    受験勉強で教養を身に付けることは余裕のある人であればできるかもしれませんが、普通なかなかできるものでもありません。
    中学3年のこの時期は人生のなかにあっても一番感受性の強い時期です。
    この時期に巡り会った本はのちの生活においても大きな影響を及ぼすものです。
    それが、1冊や2冊では、人間としての幅も狭まってしまいます。
    広い視野を持ち、深い教養を身に付けることは、人生において心の豊かさを醸し出す源泉にもなりますし、それを体現するにもこの時期多くの本を読むことで、多くの素養を身に付けていってもらいたいものです。
    特に、公立中学の人たちが、中学3年から、受験勉強をはじめる時期に、多くの時間的余裕が生まれるわけですから、多くの本を読んで、知識や教養をいっぱい身に付けることで、その後の、学習においてもかなり有利になることは疑いがありません。
    大学受験に向けての、また将来へ向けての自分自身の可能性を広く深く考える時間が、高校入学への受験を行わないみなさんにはあります。
    大学受験、といって、みなさんを駆り立てているわけではありません。
    むしろ自分の将来像をゆったりとした空間のなかで模索し、余裕を持ったその後の学習プランを考えていってもらいたいのです。

     勉強だけが人生のテーマではありません。
    学習を通して人間性を高め、また学習を通して自主性を養っていくのが、樹徳一貫校の教育の基層にあります。
    教員は生徒個人個人の人生プランの初めの段階を全面的にサポートするというスタンスです。
    これから大学受験に向けて、壁があったり、不安や不満があったり、自分を卑下してしまうことがあるかもしれません。
    その状況を少しでも前向きに変えていこうとすることが樹徳一貫校の教員の使命であると認識しています。
    少しでもよい暮らしができるように、より豊かな心が持てるように、みなさんを支援していきますので、皆さんも学習状況で行き詰まったりした場合には遠慮せずに相談・質問してきてみてください。
    特に3年生は、まずは、「もう大学受験を考えなければない時期に来たのだ」ということを認識しておいてください。

平成24年1月号
  • 「読書をすると教養が身に付く」とは

     今年度もまた国語科から「中学生に贈る一貫校職員おすすめの本」の企画がありました。
    みなさんも職員室の前に並べられていた各おすすめの本を、手にとってみたりしたと思います。
    そのなかには、興味のある本や関心を引くような本があったかと思います。
    この機会にぜひ、興味・関心のある本を買ったり、借りたりして読んでみるといいかと思います。
    特に3年生は、高校受験というものがないわけですので、この機会に何冊もの本を読むことをおすすめします。

     よく、大人は「多くの本を読め」といいますよね。
    その意味を今回は考えていきたと思います。
    「なぜ多くの本を読まなければならないのか」「効率よく少ない読書で身に付くことがあるのではないか」「難しい本をすすめるのはなぜか」「そもそも難しすぎて頭に入らないくらいなら、最初から読まなくてもいいのではないか」「今の時代、メディアがこれだけ普及しているのだから、本を読む行為自体が古くさく、意味のないことではないか」「本を読むことで教養を身に付けるというが、そもそも教養って何だろうか」などと、思いをめぐらせる人は多いかもしれません。「実際大人になっても本を読む人の割合など多くはないのでは」「本を読んだところで国語の偏差値が上がるのだろうか」などと、考える人もいるかもしれません。

     ずばり、本を読む効用というのは、「心の豊かさ」を築くことなのです。
    「別に心の豊かさを身につけたところで、それが何になる」と思うかもしれません。
    そう思う心が、もうすでに豊かさからかけ離れた状況にあるといえます。
    心の豊かさを築けないとどうなると思いますか。
    自分の気持ちが常に安定せず、何かに追われているような感じになり、あらゆる事象に対して自己に責任を持つことができなくなります。
    毎日いらいらしたり、どうしようどうしようと思っていたり、自分が悪いのは運がないからだとか、誰か他人のせいにしてしまったり、そのような状態は心の豊かさがない状態といえます。
    このような状態は、毎日の生活において支障をきたすとは思いませんか。

     では、一体、心の豊かさと本を読むことにどのようなつながりがあるのか、探ってみましょう。
    本を読むことで知識が増えるのは、みなさんも認識していますよね。
    多くの知識が身に付けば、自分で認識した言葉が増えて、いろいろな事柄の意味が身に付いてきます。
    同じような事柄でも違う角度から表現できたりするようになります。
    言葉を増やすことで、多面的・多角的に考えをめぐらせることになります。
    2人でキャッチボールをしていて、ただ投げ合うだけでなく、ゴロを転がしてみたりとか、フライをしてみたりとか、いろいろなことをしますよね。
    そこで、いろいろな捕り方を学んでいきますよね。
    言葉の習得もこのことと似ています。
    いろいろな言葉の意味を知ることで、いろいろな表現方法が身に付きます。
    それをさらに基層として、また違った場面や状況下で応用できるようになることが、教養となるのです。

     先日、顧問の齋藤先生が「教養とはあらゆるものを拭って最後に残ったもの」といったことを述べられていました。
    どのような状況に置かれても、自分の判断がつきかねない状況下でも、自分の理性が働かなくなった状態でも、最後に自己判断を無意識に行ってしまうもの、これが教養ではないでしょうか。
    「無意識に行う」ということは、みなさんが夢を無意識に見るということではなく、知識を多く身につけ、それを複雑に絡め合い、自分の意識を形成させ、もう意識することもなく、無意識下になった普段の自己の振る舞い、とでもいうことです。
    難しいでしょうか。
    「普段、自然に出てくる、立ち居振る舞い、言動・行動」、とでもいった方がわかりやすいでしょうか。

     本を読んだら、知識が身に付きます。
    教養も身に付くでしょうか。
    知識量を増やして、それを絡め合わせることで、多面的・多角的に物事を見る眼が養います。
    それだけで教養が身に付くでしょうか。
    多角的・多面的に見る眼を養い、違った場面で、それを応用することが教養でしょうか。
    教養とは、身に付けようと思っても身に付くものではありません。
    自然と身に付き、無意識化するものなのです。
    だから、その訓練として、知識を多く身に付けなければなりません。
    知識を多く身に付けるには、本を読むことになりますよね。
    ここでつながったでしょうか。
    まだわかりにくいでしょうか。

     確かに、中学生にとって、教養といわれてもわかりにくいかもしれません。
    だから、「これから生きていく先で、自分自身を助けてくれるもの」とでも考えてみてください。
    その礎となるものが「読書」であることも覚えておいてください。

     齋藤先生の例を先ほど出しましたが、先生はさらに「本を読むことは誤読も含まれる」というようなことも言っておられました。
    自分で理解できない内容は、難しく途中で嫌になってしまうかもしれません。
    読んでいて、内容が分からなくなってしまうこともあるかもしれません。
    このことは読書につきものの、いわば当たり前のことです。
    どんなふうにわからなくなったのか、どこでどう難しくなったのか、こう考えるのも読書の一部です。
    自分の頭を使って、考えるという行為だけでも、何も考えていないよりも、頭を使うという分だけ有効作用しているとは思いませんか。
    読書を絶えず心掛けている人はこの点でも、自分で何かを考えることができる人です。
    自分で考えをめぐらせれば、自分の置かれている状況を判断できますよね。
    物事を一つの視点から判断することはなくなります。

     今みなさんがしている毎日の生活は、安定があってはじめて成り立ちます。
    心の豊かさがあってはじめて生活が維持できるのです。
    平穏で無事な暮らしができるためにも、教養は必要です。
    そのための第一歩として、「本を多く読む」ということを心掛けてみてください。

平成24年2月号
  • 大学受験実況中継

     6年生は今、自分の将来の目標に向けて、必死に頑張っている時期に来ています。
    今回は大学受験を控えた6年生の状況を、実際、どのようなことを考え、どんな生活をしているのか、中学生にも知ってもらい、自分が6年生になったときのイメージを描いてもらおうと思います。

     大学受験をするなかで、まず初めに、センター試験というものを受験することは、中学生のみなさんも理解していると思います。
    これより前に推薦入試で合格する人もいますが、おおよその人がセンター試験を受験します。
    今年のセンター試験は1月14日(土)と15日(日)に行われました。
    2日間にわたって試験をするということで、大変だなあと思う人もいるかもしれませんが、そのなかで多い人で、英語、リスニング、国語、数学2科目、理科2科目、社会2科目の合計9科目を2日間で受験するわけです。
    国立大学を志望する生徒は、最低8科目受験します。
    6年生も約2週間前に受験し、そこから2月の後半に各大学に行って2次試験を行うわけです。
    長くて大変だなあと思われるかもしれませんが、みなさんも数年後には経験することです。

     今年の6年生は、みなさんも取り組んでいる「自学自習」がとてもよくできる学年で、年末年始も休みなく、自学自習に励んでいました。
    自学自習といっても、すぐには身に付くわけではなく、強い精神力とそれを常に行い続ける継続力がないと、行うことはできません。
    6年生は4年の時から毎日毎日、英語のテストを行っていました。
    みなさんも英単語テストを行っていますよね。
    6年生も4年時から絶えず英単語テストや英文法テストを行ってきました。
    このことは英語力を強化するという目的はもちろんのこと、継続的に学習に取り組む姿勢を身に付けることにもつながります。
    実はこの姿勢こそが自学自習を生む要因ともなります。
    確かに、最初はやらされているという気持ちが大半を占めますが、毎日毎日の実践のなかで、それが当たり前となり、意識せずとも無意識的にそれが慣習となっていくということになります。
    つまり、学習に対する習慣が身に付いていくことになります。
    6年生はおおよそ、そのような姿勢が身に付いたからこそ、自分で課題を見つけ、自分で学習に取り組む意識が身に付きました。
    特に、中学1年でこの習慣を身に付ければ、その後の取り組みもスムーズに進んでいくことになります。

     6年生は、この取り組みを行ったことで、その後の学習面だけでなく、色々な行事関係に関しても効果を発揮できました。
    つまり、率先して自分で動くことができるようになりました。
    高校の合唱コンクールで3連覇したことを知っている人もいるかもしれません。
    彼女たちは、自分で練習のメニューを考え、あらゆる課題や弱点を浮き彫りにし、それを自ら克服し、栄冠を勝ち取ることができました。
    それをサポートした男子の役割も大きな影響があり、女子のためにあらゆる貢献をしてきました。
    そのことは大学進学に際しても、合格した人たちがこれから受験を控えている人たちに対して、掃除を率先して行っていたり、受験に関してのアドバイスをしていたり、絶えず応援をしていたりと、自分のことのように親身になって考えていたりしていました。
    6年生はまた、その他の行事においても、自分で行動し、実行し、成功させてきた学年でもありました。
    月影祭において、自ら文化祭の出し物を計画・実行し、「10周年記念グッズ」を制作しました。
    学習面でも夏休みの勉強合宿や冬休みの自学自習計画を自ら行い、率先して自分から何かを行っていくということを行い続けました。
    これらのことも毎日の習慣づけた意識のなかで身に付いていったものであり、その積み重ねが実行力を発揮し、結果を残してきたと考えられます。

     みなさんも、例えば文化祭などで「あれをやりたい、これをやりたい」と思うことがあるかもしれません。
    しかし、実際、現状を考えてみると、尻込みをしてしまったり、途中で嫌になるというように考えてしまうかもしれません。
    継続して行うという認識があると、このことは解消されます。
    企画や計画は誰でもできます。
    そのなかにあって、それをやり続けることが成功への秘訣になります。
    それはやはり普段から継続して何かを行っていないと、成し遂げることはできません。
    「毎日勉強することが、そんなことにつながるはずはない」と思うかもしれませんが、実際に大きな困難が立ちはだかるときこそ、このことが身に染みて理解できるはずです。

     6年生の樹徳の教育のなかで培った最大の収穫は、ボランティア活動への取り組みではなかったでしょうか。
    東日本大震災後、すぐに当時5年生だった現6年生5人が率先して、被災地にボランティア活動に向かいました。
    このことは、普段から自分で考え、行動するということの集大成であったと思います。
    そして、人の役に立つことが自分の成長にもつながっていくということを考えた結果でもありました。
    樹徳のなかで育んできた自立する精神の構築が花開いた瞬間でもありました。
    学習面でも毎日実践することが重要なことですが、普段からの生活にも絶えず、人の役に立つためにふるまえることを考えることで、自分の成長の糧となることも覚えておいてください。

     6年生は今、最後の追い込みに突入しています。土日も学校に来て学習に励んでいる人もいます。
    家が遠いために学校に来る時間がもったいない、ということで学校で学習できない人もいますが、そういった人も家で自分から学習に励んでいます。
    彼らは、自ら学習を率先して行えるようになりましたから、常に前向きです。積極的に多くのものを吸収しようとしています。
    そして、教師や先輩の声に耳を傾けます。
    自分で何かを取り組むようになると、自然と謙虚な姿勢も身に付きます。
    アドバイスが行き届くのです。
    だから、大きな間違えをしなくなります。
    失敗やミスが少なくなります。
    そして、一度自分で学習する習慣が身に付くと、向上することしか考えなくなるようになります。
    勉強嫌いな人は、その前の段階でつまずいているのです。
    そこを乗り越えなければなりません。
    そして、乗り越える方法は、毎日毎日、学習をする習慣を身に付ける以外に方法はありません。
    学年全体が、自学自習できる環境にあれば、相乗効果で、みんなが良い結果を生むことになります。
    自分にもプラスに働くようにもなります。

     まだ、学習習慣が確立できていない人は、ぜひ、少しずつでもいいので、毎日毎日学習をするということを心掛けてみてください。


進路指導及び土曜補習年間計画
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  • 進路関係予定表

  • 土曜補習年間計画

  • 夏期補習時間割

平成23年度 進路関係予定表

進路ガイダンス
  3年 4年 5年 6年
1回 4.11(月) 4.11(月) 4.23(土) 4.23(土)
2回 7.14(木) 7.14(木) 7.14(木) 7.14(木)
3回 12.20(火) 12.20(火) 12.20(火) 9.1(木)
4回 3.19(月) 3.19(月) 3.19(月) 11.18(金)
 
検定
  英語 数学 漢字
1回 1次 6.11(土) 6.18(土) 6.4(土)
2次 7.10(日)    
2回 1次 10.15(土) 10.1(土) 10.28(金)
2次 11.13(日)    
3回 1次 1.21(土) 2.18(土) 2.10(金)
2次 2.19(日)    
 
中学模試
  1年 2年 3年
進研1回 4.28(木) 4.28(木) 4.28(木)
駿台     10.22(土)
進研2回 10.31(月) 10.31(月) 10.31(月)
進研3回 1.16(月) 1.16(月)  
Z会     2.4(土)
 
実力テスト
1回 12.20(火) 1年~6年
2回 1.16(月) 3年~5年
1.17(火) 5年
 
進路講演会
3年 4年 5年 6年
2学期中 4.23(土) 夏期休業中 夏期休業中

大学合格実績
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樹徳中高一貫校の大学合格です。
※「医・医」は、医学部医学科です。

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