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樹徳中学校では、毎月生徒を対象に進路指導部通信「Advance」を発行しております。
その内容を載せていきます。
なんで勉強するのでしょうか
みなさんは、「勉強する」ときにどのようなことを考え、またどうやって、勉強に対する姿勢といったものを気持ちにわき上がらせているでしょうか。
なかには、自然と勉強する姿勢が身に付いていて、そのような気持ちに至ったことがないという人もいるかもしれませんが、多くは「勉強しなければならない」という気持ちをあげていくということからはじめるかもしれません。では、「なぜ勉強するのか」という疑問ですが、これに答えられる人はなかなかいません。
将来のため、いい大学に入るため、資格を取るため、とりあえずやっておく、など人それぞれその目的は違いますし、実は何のためにかということを自分なりに解釈して勉強をしている人はそんなに多くはありません。
では、なぜ大人は勉強しろというのでしょうか。
この答えもスッキリとした解答を聞くのは、まれであり、自分自身で納得するような答えを聞くことはあまりないのではないでしょうか。
大人が明確な答えを提示することができないのに、「何で僕たちが勉強しなければならないのか」、と考えたことがある人は多いと思います。
常に勉強を強いられて、やらされていると思っている人は、いつもこの考えに行き着くのではないでしょうか。「なぜ勉強するのか」、大人はなぜ「勉強しろ」というのか。
みなさんもちいさな子どもたちがこの問をみなさんに投げかけてこられたときに、どう答えることができるか考えてみてください。
「将来の役に立つから」と答えるのが実は一番無難な答え方だと思うはずです。
では実際、自分自身に振り返っていった場合に、そのような気持ちで勉強に取り組んでいるでしょうか。
「因数分解が何の役に立つの」「古典て実際の生活の中で役に立つの」「行くこともないであろう外国の地名を覚えてどうするの」と思うことは多々あることでしょう。ただ、役に立つから勉強するという考え方は、資格や免許を取る勉強方法であって、みなさんが学んでいる学校の勉強というのは、自分の身になるようなことを、もっと言ってしまえば、自分自身の心を形成するものとして、役に立つというよりも、自分自身のこれからの生活をより豊かなものにするということで大切なものとなっていきます。
いわば、勉強を通じて心を鍛えているといってもいいと思います。心を鍛えてみよう
心なんか鍛えなくても自分のありのままでいいという考え方をする人がいるかもしれません。
しかし、自分の心も何もケアをしていないと、錆び付いてしまったり、不具合が生じてきたりします。
心といったものは鍛えられます。
そして自分が思い描くような性格になることができます。
「遺伝だから自分の能力はこれくらいである」「自分の今までの人生でいいことがなかったからこれからもおそらくいいことはない」「生まれた環境が悪すぎて意地悪な性格になった」「血液型がB型だからこの性格は直せない」。
みなさんはどこかで自分で自分の性格の幅を決めてしまっています。
これらの考えはすべて、自分自身が勝手に構築してしまった偏った見方です。
偏見や先入観といってもいいでしょう。
勝手に自分をある型にはめ込んでいるだけです。
勉強する姿勢にも同じことがいえます。
「自分の能力があまりないからこれ以上のことはできない」とか、勝手に自分で幅を決めてはいけません。
みなさんはまだ10代で、これからの人生の方が圧倒的に長いです。
今まで経験してきたことの何倍もの経験をこれからはしていきます。
今でも幼少のころの嫌だったことや辛かったことなどは、振り返ってみると「なんてことはない」と思うこともあるかもしれません。
幅を勝手に狭めずに自分の性格をよりいい方向に変えていくと考えることだけでも、自分の考えは前進します。心を鍛える方法
では具体的にどのようなことをすれば、心や性格は鍛えることができるのでしょうか。
用意するものはありません。
行う前に準備する気持ちもいりません。
精神的な修行もありませんし、強いたりすることもありません。
やることはただ一つです。何か一つのことを自分でやろうと心で決めます。
それを欠かさず行うということです。
どうでしょうか。
できるでしょうか。
「やらなければならない」という強迫観念を想像してしまうでしょうか。
「欠かさずなんかできない」「一週間に一日くらい休んでもいいのでしょうか」なんて声も聞かれそうです。みなさんは毎日の生活の中で毎日欠かさず行っていることがあるはずです。
自然と身につけたこともありと思いますし、「歯磨き」や「着替え」などのように習って、身につけていったものもあるはずです。
つまりある習慣を定型化しているということです。
なぜ幼いころには一つ一つのことをきちんと身につけていったのに、成長するにつれてそれができなくなってくるのでしょうか。
実はそこに自分で勝手に型を決め込んでしまっているという考えが潜んでいるのです。みなさんは今もこの先もまだ身につけていかなければならない振る舞いや考え方が残っています。
それらをある年齢に応じてきちんと身につけていなければなりません。
このことを「発達段階」といいます。
中学の段階では、社会に出てからのルールやモラルといったことを身につけなければなりません。
さらに、学習をする習慣を身につけます。学習で「毎日、欠かさず行うこと」、これを実践してみてください。
このことは今身につけなければならないことです。
このときに注意しなければならないのは、安易に課題を決めないことです。
何を行うのか、ちょうどこの冬休みに考えてみるのもいいでしょう。
さらに年が改まるこの時期に始めてみてもいいのではないでしょうか。
道徳や倫理って何?
みなさんは「発達課題」という言葉を知っているだろうか。
アメリカの教育学者であるハヴィガーストが提唱し、同じくアメリカの心理学者エリクソンなどがその研究をしたものである。
「発達課題」とはわかりやすくいえば、例えば、中学1年段階で身に付けるべき社会性のあり方ということができる。
中学1年生では、英語であれば英文法の基礎的なこと、数学であれば因数分解などを身に付けるであろう。
それと同じように、各年齢に応じて、社会に参加するための基本理念や基礎力を身に付けなければならない。
この課題を身に付けておかないと、その後の人生において、順調に、円滑に生活できなくなってしまうのである。
ではその基本理念や基礎力とはいったい何であろうか。
具体的にいえば、道徳心や倫理観、良識や常識ということになる。
これでもまだ具体的なイメージがみなさんにはわいてこないかもしれない。
いったい、どんなことを行えば、これらのものが身に付き、そしてなんでこられのことを中学生の段階で身に付けなければならないのか。
今回はこのことについて考えを深めていってもらいたい。嫌なことから逃げてませんか
まず、道徳心や倫理観ということであるが、具体的にはみなさんが毎日唱和している「信条」がその構築の指針となるものである。
相手のことを考えて相手が喜んでいる姿に喜びを感じること。
どんなときにでも辛苦を顔に出さず明るい表情をしていること。
決まり切った仕事だけをするのではなく率先して嫌な仕事も引き受けること。
などがあげられると思う。
そこから、さらに、逆境に立たされたとき動じない気持ちを持ち、不安や不満に覆われたときそれに屈しない気持ちを持ち、理不尽なことが起こったときに恨まず復讐心などを抱かない気持ちを持つことにつながっていくということになる。
みなさんにとって、自分が嫌だなと思うことを、回避してしまっていることはないだろうか。
みなさんの時期においては、嫌なことから逃げるのではなく、多く経験しておくとよい。
嫌だなと思ったことから逃げてはいけないのである。
本当に自分が嫌だと思ったことを一度経験すると、次に来る嫌なことがそれほどでもないことに気づくようになる。
嫌なことを克服したときの達成感や開放感は、嫌なことを経験したあとにしか味わえない。
嫌なことを避けている人はこの経験をしないことによって、ますます嫌なことから逃れられなくなってしまう。
嫌なことから逃れて全く嫌なことを経験しないと逆に嫌なことだらけとなってしまい、面白いことや楽しいことの幅が狭まってしまうことになる。
嫌なことを数多く経験した人にとって人生の中に生ずる試練に強くなり、無茶や無謀なことをしないようになる。
つまり、安定した気持ちで生活していけるようになる。
道徳心や倫理観を持つには、自分自身の安定した気持ちのなかで、他人に対して心に余裕のある態度で接せられることで、より人間としての幅が広がってくる。
嫌なことは自分自身を成長させる絶好のチャンスととらえる気持ちをぜひ育んでもらいたい。「大人になる」ことの意味
次に良識や常識ということであるが、良識とは、他人の批判を口に出さず他人の欠点を嫌らしく話さない。
年上の人には敬語を使い、場をわきまえた行動を取る。
自分の価値判断だけで挨拶する相手を使い分けない。
など、ということになる。
つまり謙虚な姿勢で相手との距離をとり、自分自身の心に謙虚の気持ちを持ち、相手が嫌がる行動や言動を決してしないということである。
これらは、社会生活を円滑にする術であり、自分が一歩引くことで相手を敬い、相手のより良い面を引き出すことで、お互いに相乗効果を生じさせ、より豊かな人間関係を構築できるようになるのである。
このことをさらに実践的に行うためには、社会の常識というものを知っておかなければならない。
常識を知るということは常に自分の関心や興味あるものに対しアンテナを立て、多くの知識や教養を身に付けていくことが必要になる。
つまり、ここで学習するということが、より円滑な人間関係を構築する上でも必要不可欠なこととなるのである。
多くの知識や教養を身に付けることはそれだけ自分の持っている言葉を増やすことになり、人との会話においてもコミュニケーション力の発達にもつながっていく。
中学段階において知識や教養を身に付けておくことは人間力の幅の広がりにもなり、言葉を多く知ることで豊かな心を構築していくことにもなる。
このことはぜひ中学段階で身に付けておきたいものである。自分を成長させることを意識的に行わないで、そのままにしておき、いつまでも発達課題をクリアできずにいると、社会の中で適応できなくなる。
社会で適応できないということは仕事にもありつけなくなり、生活していくことができなくなる。
いつまでも大人になりきれないということは、親にいつまでもすがって生きているということにもなる。
自分の足できちんと立っている人を大人は相手にする。
いつまでも子どものままだと誰も相手にしてくれなくなり、人生を後ろ向きに過ごすことになってしまう。
大学生になったときの自分を想像してみよう。
大学生になったら自分の小遣いくらいは自分で稼がなければならない。
自分で稼いだお金がどれだけ大変なものかを理解したときに親のありがたみがわかるようにもなる。
目に見えやすい大人としてのあるべき姿というのは、使い古された言い方であるが、「稼いで一人前」ということになる。
精神的な自立が自分自身の中で達成されたと思ったら、経済的な自立ということも考えていってもらいたい。
そして、多くの人と接することを積極的に行ってもらいたい。
円滑なコミュニケーションをとることによって、多くの今まで接したことのない人たちとの交流も生まれる。
そこから、絶えず多くのことを学び取るという気持ちも生まれ、色々なものの見方も生じてくる。豊かな暮らしを送るために
自分の人生の中で、より豊かな生活を送るためにも、今、多くのことを学び、多くの嫌な経験をし、そこから派生した多くのことを考えてもらいたい。
悩み、心配することは自分を成長する手段であるということを思い、困難に面したとき、それに負けない気持ちを持ってもらいたい。
中学段階においては、むしろそういった状況が自分を活性化させる大きなチャンスであるということを意識的に思っていってもらいたい。
このことは「発達段階」において中学生が克服しなければならないことでもある。
まずは、毎日唱和する「信条」に明記してあることを実際に具体化するような姿勢を身に付けていってもらいたい。
勉強するのか、学習するのか
みなさんは「勉強する」といったとき、どんなイメージを抱くであろうか。
「勉強する」ということは確かに自分で行うものではあるが、そこには「やらされている」「やらなければならない」といった考えが無意識のうちにあるのではないだろうか。
「勉強」という字自体も「勉める」だとか、「強いる」といったイメージがわいてしまい、やはり強制的に行うものといった感がぬぐえない面もある。
これを「学習する」といった言葉に置き換えてみると、そのイメージは払拭されていくのではないだろうか。
「学習する」ということは自らが「学び」「習う」といったイメージがわくと思う。
自分で興味・関心のあるのものを主体的に身に付けていくという考えがその根底にはないだろうか。
人は自分の興味・関心のあるものに関しては、より広く・多くのことを学ぼうとする。
みなさんのなかには、その配線がただ学校で習ういわゆる勉強に結びつかないだけの状態にある人がいるのではないだろうか。
しかし、学校で学ぶことだけのものが何も学習ではないのである。
興味・関心のあることを広く・多く学び取ることもまた学習であるということを考えてもらいたい。
そこが学習するということのスタートであるのです。
興味・関心のあるものを深く追究してみると、わかならい言葉や初めて聞くような事柄に出くわすと思う。
そしたらその先を知ろうと、調べたり、人に聞いたりするだろう。
これはもう立派な学習です。
ではいったい、なぜ学校の勉強は自分の興味・関心と結びつかないのだろうか。
いえいえ、これも実は根底では結びついているものなのです。
言葉の意味を知ろうと辞書を引いたり、なんでこうなっているのかとインターネットで調べごとをしてみたり、このようなことも学習なのです。
みなさんは学校の勉強だけが、「勉強」「学習」と思いがちなのですが、普段何気なく行っている事柄にも学習の要素はふんだんに生じているのです。
学校で習うことだけが「勉強」「学習」と、自分で勝手に枠をはめているだけのことなのです。
自ら興味・関心を持ったものには多くの時間をかけてもそんなに苦痛ではないかもしれません。
無意識のうちに多くの知識のシャワーを浴びています。
そして無意識のうちに多くの知識を身に付けています。
学校で習うことも、無理矢理教わっているというような気持ちではなく、何か少しのことでも興味・関心を持つと、ほんの些細なことをきっかけとして、無意識のうちに知識を習得していることにもつながっていきます。
だから、普段の授業においても「勉強はいやだな」という気持ちで受けるよりも、「何か面白いことがないかな」といった気持ちで受けた方が、自分の興味・関心を発見できるチャンスが多くなります。
今、学校で勉強していることは将来の役に立たないと思っている人もいるでしょう。
それは自分の興味・関心を育てるきっかけを見過ごしてしまっていることにつながります。
世の中で一番役に立つことは豊かな考えです。
資格や免許があったとしてもそれを生かす心がなければ、何の役にも立たないのと一緒です。
まずは、何かに興味・関心をもって、あらゆる機会や場面においてそこから色々なことを学び取っていくという気持ちを根付かせてみてください。無意識を意識してみる
学習をするうえで実はみなさんもすでに身に付けている方法があります。
みなさんは生まれてからどのように言葉を覚えたでしょうか。
そしてその言葉は今どのように使用しているでしょうか。
子どものころ一つ一つの言葉を無意識のうちに覚え、そして今持っている言葉を駆使して他人に伝えたり、コミュニケーションをとっているでしょう。
覚えた言葉がいつしか無意識化していることに気づいたことはありますか。
実は学習するとはまさにこのことであり、自然と学習したものが無意識のうちに身に付いている状況にすることの作業であるともいえるのです。
プロスポーツの一流選手は、基礎・基本的な練習を繰り返し行うといいます。
徹底的に同じことを繰り返して、感覚を無意識化するそうです。
そうすることで、どんな状況の時でも無意識のうちに同じようなことが行える状態にするそうです。
「無意識のうちにどんな状況でも安定した力が出せる」というプロスポーツ選手のコメントがあります。
みなさんも今まで身に付けた言葉がそうであるように、これから習う、例えば英語の単語などでも無意識のうちにその単語を見ただけで意味がとれるくらいの状況になれば、さらに学習の幅が広がってくるはずです。
そしてその方法を生かすには毎日決まり切ったことを無意識化することで、自然と自分の身に付いてくるようになるはずです。
毎日のリズムのなかに10分だけでもいいので、英単語を覚える時間を作ります。
歯を磨く、ご飯を食べる、と同じように英単語を覚える、という時間を作り、無意識化するのです。
歯を磨かないと気持ちが悪い人がいるでしょう。
それと同じように英単語をしないと一日が気持ち悪いという状態に持って行ければ、学習をするという習慣が自分の身のなかに根付いっているといえる状態になっています。言葉を豊富にすると
今、例えに英単語を出しましたが、英単語を覚えるということは言葉の意味の幅を広げます。
それは日本語においての幅を広げることにもつながります。
「comprehend」という単語があります。
この言葉の意味は「包括する」という意味です。
そしてもう一つ「理解する」という意味もあります。
この一つの単語の意味を知ったことで、あなたはもう、「わかる」という言葉から「理解する」「包括する」が同じように使うことができると悟るわけです。
言葉の意味を一つの単語からより発展させることができたのです。
そして、このことは、言葉を多く知っていると自分の思考の判断がより広くなり、ものごとを違った角度や違った面からとらえることができるようにもなるのです。
知識を多くするということは自分の考えの幅を広げ、一面でしかとらえられなかった事柄に、違った面からアプローチできるようになるのです。
考えが固定化せずに色々な物事の考えが生じ、前向きに物事をとらえられるようにもなるのです。
英語の学習を通して実は日本語を学ぶ、ということは学習することの奥深い妙技であるとは思いませんか。
学習するとはまさに自分の考えを広げることであり、豊かな心を築く要素でもあるのです。
学習することはあらゆるところでできます。
机上に向かって勉強することだけが学習ではありません。
何気ない会話や何気ない風景からも自分で感じ取って「なんでだろう」「どうしてだろう」と思い、そのことに興味・関心を持ち、調べていくことがもうすでに立派な学習です。
そして多くの言葉を学び、色々な言葉の使い方を学んで、自分の心をより豊かに大きくしていってもらいたいものです。
災害に際して
今回の地震に関してみなさんはどのように感じたであろうか。
一瞬の揺れをみなさんも体験して、恐怖を感じたり、不安になったり、なかにははしゃいでしまった人もいるかもしれない。
その後のことで、これほどの被害が出るとは思わなかったかもしれないし、実際に映像を見るまでは何が起こったのか理解することができなかった人もいるだろう。私たちは自然災害の脅威ということはもちろんのこと、今回の地震を通して多くのことを教訓として学んでいかなければならないだろう。
平時には考えられなかったことが、この状況を通して多く語られている。
災害に見舞われた多くの人にとって、今どのように思い、どのように将来に向かっていかなければならないかを、私たちは想像していかなければならない。
自分が想像してみることで、災害に遭われた方に対して、何が必要かがわかってくるはずである。一番の嘆きは肉親や友人を失った人たちであろう。
まだ、安否がわからずに毎日を過ごしている人もいる。
みなさんは、そういった人たちに何ができるであろうか。
想像してみて欲しい。
そして、自分がその立場に立ったときのことを考えてみて欲しい。
震災が起こり、色々と風評が巻き起こった。
根拠のないものや噂の範疇をでないものといった類のものが多かったという。
映像を見て、リアリティを感じず、おもしろおかしく友だち同士で話してしまった人もいるかもしれない。
確かに、自分が無事で、災難に巻き込まれていなかったら、そのように発言してしまうこともあるかもしれない。
人間は、残酷なことを考え、酷いことを言ってしまうこともある。
しかし、そのように思ってしまった人や他人事のように考えてしまった人は、その後に、では自分が災難に遭ってしまった立場から考えてみる習性をぜひ培って欲しい。原子力発電所が危険な状況である。
その時にその周りの住んでいる人たちの状況を想像してみて欲しい。
避難勧告が出て、その街は廃墟と化している。
近くの街では津波におおわれ、救済できない状況にある。
生きている可能性がある人もいるかもしれないというなかにあって、救済できないのである。
自分の家が流されてしまったのにその確認ができないのである。
避難した人のなかには、家族との連絡がつかない人もいる。
友人の安否が確認できない人もいる。
すべて、自分に置き換えて想像して欲しい。
放射能の汚染によって被害が出るという可能性が否定できないという。
しかし、そういった危険を犯してまでも、自分の生まれ育った、自分の家があるところに戻りたいという人もいる。
津波で流されて絶望的な状況になってまで、自分の肉親を捜し続けたいと思っている人がいる。ニュース報道を見てると、自分のなかでも色々なことを感じ、道徳心や倫理意識のないことも頭に浮かんできてしまうかもしれない。
しかし、そのことを周りに大袈裟に伝えたり、インパクトあるようにおもしろおかしく話したりしてはいけない。
それを言うことで、何になるのだろうか。
周りを不安に陥れて、おもしろがっているのだろうか。
それはお笑いや冗談ではない。
質の悪い、性格の悪い、悪口以下の言動である。もう一度言いたい。被害に遭われている方のことを想像して欲しい。
そのことを思ったら、自分勝手な言動などなくなるはずであろう。このことは、言動に限らず、行動にもあらわれてくる。
勝手な解釈で、勝手に想像し、自分自身だけがよければそれでいいという風潮が、今回、明らかにあったであろう。
確かに、自分自身の今後の生活を守るうえで必要最低限のことをする必要はある。
しかし、このときも被災地のことを少しでも考えたら、自分の生活が多少窮屈になってもいいと考えるべきだと思う。この災害を逆手にとって自分に利益をあげようとする人もいるという。
厳しい言い方であるが、今回、鉄道の不通によって自宅待機、自宅学習になった人もいるだろう。
このときに、普段の休み感覚で過ごした人はいないだろうか。
学校に行かなくていいからといって、普段の休日と同じではないはずだ。
休日だと思って、全く学習をしなかったり、絶え間なく寝ていたりしてはいなかったであろうと思う。
このことは、自宅待機を理由に勉強しなくていいという誤った意識、自分にとって都合のいい解釈である。
テレビを見続けてしまった人もいるだろう。
見るなとは言い難い。
そこから何かを感じ取ってくれれば一番いいのである。
そしていくらか時間が過ぎたときに自分が今何をしなければいけないのかを、きちんと考えられたであろうか。
そのことを考えれば、テレビを見続けることもなかったのではないだろうか。
災害に遭われた方は、今まさに自分と闘っているのである。
肉親をなくした人のことを思えば、自分のやるせなさも湧いてくるはずである。
そんなときにこそ、自分のやれるべきのことをやっていくべきなのである。被災地はこれから多くの困難がまだまだ続いてくると思う。
しかし、悲惨の状況は外から見えている部分だけであって、現場では必死に生き抜こうと、懸命に生きようとしている人がいることを忘れてはいけない。もう一度、言いたい。
今、自分の身内が津波で流されたにもかかわらず、原発から避難しなければならない状況にある、と想像してみてください。
言葉が悪いかもしれませんが、ふざけた言動や行動はとれないと思う。大人としての対応とはまさにこの一点に象徴的にあらわれていると思う。
これができるかできないか。
このことは、人間の質にもかかわってくる問題でもあると思う。
進路指導及び土曜補習年間計画
樹徳中学校トップ>進路指導>進路指導及び土曜補習年間計画- 進路指導年間計画
-
土曜補習年間計画
-
夏期補習時間割
-
春期補習時間割
| 定期試験 | 進路・検定・補習 | 語学研修・模試等 | |
|---|---|---|---|
| 4月 | 28(水) 進研学力推移調査第一回 | ||
| 5月 | 26(水)~27(木) 1学期中間テスト |
15(土) 語学研修説明会 | |
| 6月 | 4(金) 漢検第一回 12(土) 英検第一回1次 19(土) 数検第一回 |
14(月) 英語力診断テスト第一回 | |
| 7月 | 1(木)~5(月) 1学期期末テスト |
11(日) 英検第一回2次 21(水)~23(金) 夏期補習 |
8(木) 語学研修説明会 12(月) 保護者会第一回 16(金) 英語スピーチコンテスト |
| 8月 | 23(月)~27(金) 夏期補習 |
9(月) 語学研修(異文化理解) 10(火) コミュニケーショプログラム 30(月) 課題確認テスト第一回 |
|
| 9月 | 8(水) 実力テスト 17(金) 異文化説明会 |
||
| 10月 | 5(火)~6(水) 2学期中間テスト |
2(土) 数検第二回 16(土) 英検第二回1次 23(土) 漢検第二回 |
6(水) イギリス勉強会 9(土) 駿台模試 16(土) 語学研修説明会 29(金) 進研学力推移調査第二回 |
| 11月 | 30(火)~12.2(木) 2学期期末テスト |
14(日) 英検第二回2次 30(火)~12.3(金) 三者面談 |
11(木)~17(水) 語学研修 22(月) 英語力診断テスト第二回 |
| 12月 | 27(月) 冬期補習 | ||
| 1月 | 4(火)~6(木) 冬期補習 22(土) 英検第三回1次 |
11(火) 課題確認テスト第二回 17(月) 中学校範囲確認テスト |
|
| 2月 | 4(金) 漢検第三回 19(土) 数検第三回 20(日) 英検第三回2次 |
21(月) 語学研修発表会 | |
| 3月 | 3(木)~7(月) 学年末テスト |
24(木)~28(月) 春期補習 |
15(火) 保護者会第二回 |
大学合格実績
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樹徳中高一貫校の大学合格です。
※「医・医」は、医学部医学科です。()内は現役合格者数です。
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